最勝寺について

最勝寺の始まり

最勝寺は当地の人々が
「いのちの拠り所となる自分たちのお寺を持ちたい」
という熱い思いを抱かれたのを始まりとしています。

その念願叶い、1862(文久元)年に神埼町眞光寺の衆徒であられた
田中智量師を招き、「谷水庵」という草庵を結ばれました。
当時、自家用車や公共交通機関が存在しないのはもちろんのこと、
冬になれば40~50センチ、年によっては1mを超える積雪が常識であった当地。
自分たちのいのちの拠り所を持ちたいという、
願いが叶った人々の喜びはいかほどであったでしょうか。

どれだけ時代が変わろうとも、
最勝寺にはその想いと喜びが脈々と伝えられています。

田中智量師(最勝寺開基)遺書

田中智量師の遺書

1988(昭和63)年の本堂庫裏再建の際、 偶然旧本堂の屋根裏から見つかった。

大シャクナゲ

本尊 阿弥陀如来像

阿弥陀如来が全てのいのちに至り届くはたらきを現した立撮即行りっさつそくぎょうの相。
明治44年(最勝寺第2世唯信代)に佛師富永要人により修復された記録がある。

大シャクナゲ

大シャクナゲ

「佐賀の名木古木」登録。
推定220年になり、4月下旬には見事な花で参詣者をお迎えする。

脊振千防旧跡

脊振千坊旧跡
(阿弥陀如来、薬師如来)

当所には草庵が結ばれる前、脊振千坊修行者の御堂があった。
今でも行者の墓石跡が見受けられる。